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endless night/a dawn of iolite

​静寂。

目に見える先まで暗闇が覆う空間。ぽつりぽつりと仄かな光が灯る空間。

ここは、誰かの果ての世界。

その最奥。謂わば玉座、本丸にあたるところに俺はいる。

全てを眠らせる夜の中で、咲㮈(俺達)にとって起こしてはならないものを箱の中に封じ込めた場所。黒箱に白布をかけた墓場じみた場所。

墓守のように、俺はそこにいる。

夜闇を彩る光は少ない。

彼方に見える、唯一の出入り口の役目を担う白鳥居。ちらちらと舞い、地面を滑る白の花弁。歩けば揺らぐ波紋。手元にある宙に固定されたランタン。そして、俺が使役する蝶だ。

光源自体はいくつかあるが、まぁ正直、お世辞にも明るいとは言えない。ここでは光より闇が強い。光が闇を呑むように。自分の手の先は見えるし自己を自己として認識できる程度の明度はあるが、言ってしまえばそれだけ。歩む先は見えないし、足を乗せる道も見えない。もちろん、ここの主である俺や咲㮈を除いてだが。

誰かの果ての世界───心象世界、精神を表した世界。

そんな性質から。そして、外界との接点をほとんど切っているということから、外部からの干渉はほとんどない。

その干渉の代表格は、不特定、または特定多数の意識、精神といったものをある空間に招く、集まる───所謂夢と呼ばれるものの一つ。接点がなければ招かれることはない。事実、その接点を削っていた十二年の呪詛は、咲㮈が村の外の世界へと招かれる可能性を消した。文字通り、夢を消したのだ。

今でこそマシになってはきたが、この世界がある限りそう簡単に招かれることはない。俺がそれを許さない。あの子の安寧を崩させはしない。

それ故、呼ばれない以上ここに来るのは偶然迷い込んだ奴だけだ。俺から言わせれば、こんな後にも続かない果てに来るとんだ運なし。よほどの物好きとも言える。ここ最近はとんと来ちゃいないが。

音も光もほとんどない、静かな夜が続いていく。

いつも通り、ただ時間が過ぎていく。あぁ、今日も平和だ。

ぱたぱた。ぱたぱた。

そんな静穏な流れをせき止めるように、俺の蝶たちが羽を揺らして戻ってきた。どこか慌てているような、楽しそうにも見える雰囲気。何となく察したが、とりあえずどうしたのか何があったのかを知るため、蝶たちの音に耳を傾けた。

 

〈男ノ人ガ来タヨ〉

〈初メテ見ル人〉

〈悪イ人デハナサソウ〉

 

ふわふわ、きらきら。

涼やかに羽を鳴らして、紅く光る白蝶たちは知らせてくる。

男、初めて来た奴、恐らく善人。まぁ、追い返すほどの奴ではないだろう。もしそうだとしたら、すぐに追い返せばいいし。

頬あたりを飛ぶ蝶に、分かってると伝え、白布に寝転んでいた体を起こす。

招かれざる客、訪れるべきではない旅人であったとしても、流石に寝転んでの出迎えはいただけない。これっきりの出会いだが、個人的に姿勢は正したい。所詮は夢、朝になれば相手はこの世界を忘れるとしても。

 

「さて、どんな奴が来るか」

 

随分と久し振りの来訪者だ。変わり者には違いないが、それでも世界の主たる俺はここで待つ。

​───さぁ、来るなら来るといいさ。

                   ✾     ✾     ✾

音がする。

靴が水床を叩く音。蝶の羽ばたき。こちらへ向かってくる気配。

ここに着くのは、あともう少し。

 

(割と早かったな。もう少しかかると思ってたけど)

 

俺がそいつを認識し、蝶からの報告を受けてから、然程時間は経ってない。五〜十分とかその辺りだと思う。人によっては数十分、酷い場合だと一時間近くかかることもある。それを考えるとかなり早い。

 

(迷うこともなく、ここまで真っ直ぐってところか。実直というか、愚直というか)

 

会ったこともない男に対して、自分でもどうかと思う感想を抱いたところで、一つ蝶が帰ってきた。羽を休められるように差し出した俺の指に留まると、俺にしか聞こえない音で語りかけてくる。

 

〈来タヨ、来タヨ。初メテ見ルオ客様〉

「なぁにがお客様だ。迷子くらいが上等だろ」

 

指に留まりながら、迷子、オ客様、迷子ノオ客様、と羽を揺らす蝶に内心苦笑したそのとき。視界の端、不意に気配が近くなった。人の気配。この世界には基本、俺しかいない。ならば答えは一つだけ。

顔だけそちらに向けるように、感じた気配を視界に入れた。

 

そこにいたのは黒衣の男。一つに括られた茶髪に混じり、黄の三つ編みが一房。

ここらではあまり見たことのない恰好だ。珍しいには珍しいが、でも何より、その瞳が焼き付いた。朝、まだ暗い世界をゆっくりと染めていく色。新しい始まりを告げる、まさしく朝焼けの色。俺の目に映る男の瞳は、その風景を溶かし込んだように鮮やかで。

純粋に綺麗だと思った。初めて見る瞳、きらきらしていて宝石のよう。

だが同時に底知れない、恐怖にも似た感情が俺を縛った。足がすくみかける。息は細く、粗末に肺を満たす。手足の先は冷えていく感覚がする。これは、なんだ。

この感情に呑まれてはいけない。長年培ってきた徹底した客観的思考、冷静な部分がそう結論づける。足りない酸素をかき集め、ハッと鼻で笑うように吐き出す。そうだ、この世界は俺だ。冷徹な夜ならば、そんな感情など抑え込んで闇に隠してしまえ。何のための副人格だ、裂(サキ)の名だ。何のための、俺なのだ。

「こんなところに来るなんて。どんな物好き、変わり者かと思えば。まぁ随分と男前が来たもんだ。

───ようこそ、誰かの果ての世界へ。用がねえならさっさと帰れ」

半ばテンプレじみた口上を舌に乗せる。感情など悟らせぬ仮面の裏で、必死に動揺を抑え込んだ。

世界の理曰く、『明けない夜はない』。そこに俺の誓いなど介在する余地はなく、無情にもどんな夜にも陽は昇る。夜は朝に首を折られる。真理だ、悲しいほどに。

俺を射抜くのは朝焼け。対する俺は明けぬ夜。決して相容れてはいけない者同士が出会ってしまった。

 

(あぁ、ならばこいつは

俺に引導を渡す者か。​

  ​- to be continued -

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